こんにちは。
誠に勝手ながらブログを移動することといたしました。
このブログ、字体が見にくいのを何とかしたかったのですが、
フォントや行間の設定を変えるにはお金を払わないといけないので、
それだったら自分でhtmlを書く!と言うことで、ホームページ内に自分で作成しました。
http://www.geocities.jp/cowbell_switzerland/index.html
このページは暫くこのままにしておきます。
それでは今後ともよろしくお願いいたします。
窪田
こんにちは。
誠に勝手ながらブログを移動することといたしました。
このブログ、字体が見にくいのを何とかしたかったのですが、
フォントや行間の設定を変えるにはお金を払わないといけないので、
それだったら自分でhtmlを書く!と言うことで、ホームページ内に自分で作成しました。
http://www.geocities.jp/cowbell_switzerland/index.html
このページは暫くこのままにしておきます。
それでは今後ともよろしくお願いいたします。
窪田
試験の曲が決まりました。
スイスの大学の決まりで、修士卒業の際には、6時間のレパートリーを作成し、
その中から内部試験90分、リサイタル試験60分のレパートリーが課されます。
リサイタルでは邦人を除きました。
エレクトロニックの作品が3つくらいあって、それらが特に楽しみです。
がんばるぞ~~!
リサイタル試験(公開) - 7月2日のたぶん夜
F. Donatoni: Omar per il solo vibraphono
Martin Wesley Smith: For Marimba and Tape
Lachennman, Helmut: Intérieur I
Bartók Béla Viktor János, Sonata for Two Pianos and Percussion
<Conservatorio della svizzera Italiana: Aula Magna>
近くにお立ち寄りの際はぜひ。
内部試験(非公開)
Delécluse: dal Méthode de Caisse-Claire: 3 brani
Delécluse : Test – Claire
Yoshio Hachimura : Dolcissima mia vita for metallic percussions solo
Akira Miyoshi: Ripple for Marimba
Kaia Saariaho: Six Japanese Gardens in memory of Toru Takemitsu
Elliotto Carter: Dal 8 Pieces for Four Timpani: I. Saëta, VIII.March
B. Wulff: Abgesang der Lerche
Bach: Cello Suite no,1
C. Wolff: “Noble snare” collection di C.
ミラノのスカラ座がはじめてリヒャルト・シュトラウスの『影のない女』を上演した。
寓意だらけで、いかようにも解釈されうる作品であるが、それらが凄まじいリヒャルト・シュトラウスの音楽と相俟って強烈なメッセージ性を持っている。
影のない女とは霊界の王の娘のことだ。それが人間の世界で東洋の島に住む皇帝と結婚するのだが、女は人間ではないので影がない。子どもを生むことが出来ず、決められた日までに子どもができない限りは皇帝は石にされてしまう。そこで、貧しい染物屋の女房から影を得て子どもをもうけて、皇帝を助けようとするというのが、このオペラのストーリーだ。
パンフレットの中でよく、「影」とは人間の生殖能力のことで、これは人間の性というテーマをめぐるオペラなのだ!なんていう解説がなされたりする。
オペラの劇中に「生まれなかった子ども」という言葉が何度か登場するが、僕は思わず坂口安吾がこれと同名の小説を書いていることと、埴谷雄高が小説の中でそれらとは逆説的に≪生まれてきた子ども≫(つまり人間全員)を断罪していることを思い出した。坂口安吾の「生まれなかった子ども」は極めて俗っぽい作品で、自分の妻の不貞を疑いつつも、そんなことに今さら目くじらをたてはせんよという戦後荒地派の投げやりな空気が、妻の堕胎を通して描かれた作品である。
この辺りの作品に隈なく目を通して、人間の生誕について彼らの美学に浸るのはちょっと心地よいのではないかと思っているが、自分で演奏するわけではないから、今そこまで掘りさげて勉強する気は起きない。(今月末にはプーランクのティンパニとオルガンのコンチェルトが待ち受けているから、そういう俗っぽいことに浸っては危険なのだ(!)。
さて、それでリヒャルト・シュトラウス&スタンダール(専属の脚本家)の面白いところは、物語の終わりで霊界の王の娘を人間にしてしまったことである。神が人間の世界を訪れ、腐れ縁だけで成り立った夫婦の関係を見て、マザー・テレサ的に「これは愛なんかじゃない。家族には本物の愛と優しい言葉が必要だ。」なんて目くじらを立てることをせずに、「こういうの、大事なことなんじゃない?」と思ってしまう。劇中、そのあたりの人物描写が実に愛らしい。
家庭交響曲なんていう奇妙な名前の音楽を作曲したのは、影のない女の隠れた製作意図と無縁ではない。
生まれなかった子どもは日本では水子とかいって、守護霊や背後霊として祭るけれども、そこには人間の『影』の部分が大きく関わってくる。
僕は影のことを生殖能力ではなくて「語りえない自分」のことだと思っている。人に対して説明できず、自分のコントロールできないブラックな自分。そのブラックな部分があるから、人は病気になったり苦しんだりする。日本人はこういう説明のつかない因果を、生まれなかった子どもと同様に恐れ、理解している節がある。アイドルが子どもを生んだり結婚したりすると、みんなで騒ぐだけに留まらず罵ったりするのは、無意識に日本人がこの辺りのことを感じているからだと思う。
しかし、この作品でシュトラウスは、神さまにはそういう「影」がないんだから、人間界のほうが神さまの世界より深いでしょ?という提案をしている。
それで最後はハッピーエンド。なんて、罰当たりな。
リヒャルト・シュトラウスという作曲家は、人間を賛美させたら一流の芸術家だ。
ドイツ人を勇気付けて、生きているのが楽しくなってくるような作品っていうのは、きっとこういう作品なのだろう。
不思議な作曲家である。
1930年代に登場し、十二音技法という新技術に夢を見るわけでもなく、新古典派となるわけでもなく、バルトークやコープランドのように民族音楽的旋法を用いるわけでもなく、さらにメシアンの一味や、交響曲主義者たちに追随することもなかった。
彼の書いた音楽は一体なんだったのか。ほとんどの音楽家は彼の作品になめてかかっていて、それがよくわかっていないから、今も作曲家としての彼の位置づけは微妙極まりないが、同じチューバ協奏曲を残したヴォーン・ウイリアムズや遠くブラジルのヴィラ・ロボスのように、調性音楽をひとり黙々と書き続け、鳴かず飛ばずのメロディーに酔うこともせず、確固たる己の作曲理論を貫いて、簡単には解読されえない名作を作り続けた。
実は西洋音楽黎明期の日本の作曲家が、ヒンデミットの技法を継承しようと試みていたことを忘れてはならない。
対位法の頂点でエクスタシーを迎えるヒンデミットの美学と、1960~70年代の邦人作曲家の作品の多くには、切っても切れない関係性がある。
曲中の各調性に、どうやら不可解で暗号的キャラクターが存在している(宗教的、物語的意味合いを持つという意味)気配も、言わば三善晃的でさえある。
まだまだ研究され尽くされていない謎の作曲家である。
Midoriさんがヴァイオリンのソリストとして迎えられ、ルガーノのオーケストラと共演した。
巨大な謎と挑んで、手ごたえは大きかったように思う。
完璧な芸術作品は、歴史と無関係に花咲くのです。
といった日本の作家がいたが、作曲家ジェラール・グリゼイのいくつかの作品はその逸話にふさわしい。
僕は桐朋の3年生だった頃、彼の遺作であるQuatre Chants pour franchir le Seuil (その時のパンフレットでは「境界の彼方に捧ぐ4つの歌」と訳されていた。ちょっとカッコイイ)という超大作を演奏し、超興奮した思い出がある。先週、久しぶりにそのグリゼイさんの作品と再会したというわけだ。
師匠のWulffに「いまグリゼイの”Jour Contre-Jour”をやってます。」と話したら、「アア、シュペクタリスト、ネ!?」(ドイツ語:あぁ、スペクトル学派ね!?)という反応が返ってきた。
スペクトル学派というのは、現代音楽の作曲家たちの中で楽器同士の和音や響きを物理学的にコンピューターなんかで分析して、かつて誰も聴いたことのないような(書いたことのないような)サウンドを作り出した人たちである。
グリゼイ本人は「スペクトル学派」という呼ばれることを嫌っていて、「僕はそんなものに興味はない。音楽は音楽ですよ。」というようなことをいつも口にしていたそうだが、彼のその哲学の通り、グリゼイの作品は晩年になればなるほど、古典的な要素とスペクトルの研究の統一にどんどん成功して、すごくロマンチックな世界観を生み出している。
例えば、ピラミッドの中を歩いているような気分になる曲があったりする。ストーリー性に富んでいて、情景描写も上手いのだ。
新古典派という言葉があるが、グリゼイの後期の作品群は僕に言わせれば新ロマン派である。
Quatre Chants pour franchir le Seuil を聴きに来てくれた友人(スペクトルの話なんか一切知らないような)たちが、「いやぁ、さっきの曲やばかったっすねぇ。」とか言いながら、感動を表明してくれたのはそういうロマン派的な部分に拠るのだろう。
で、やっぱり今回のコンサートの後も、グリゼイの作品は”お客さんにウケが良かった”。
「僕現代モノ嫌いだけど、あれはいいじゃない。」みたいな感じで。
「境界の彼方~」を演奏したコンサートの後、友人と一緒にこの作曲家の真の死因について(実は病気じゃなくて自殺なんじゃないか)朝まで語り合った覚えがある。その新説には何の根拠もなかったが、あの作品にはチャイコフスキーの悲愴のような雰囲気が漂っている。
そもそも曲のテーマが4つの宗教の死についてを扱っている。
もうひとつこの曲について書いておくと、途中にノアの箱舟の場面が現われるのだが、その部分は、打楽器をアンサンブルの中で叩いていてあんなに気持ちよかったことはないと感じたほどに最高の音楽だった。
話がそれるが、ノアの箱舟についてもうひとつ。
先日、Mikeのレッスンでバルトークの『管弦楽の為の協奏曲』の2楽章についてとっておきの秘密を聞いた。
2楽章には冒頭に小太鼓のソロがあるのだが、彼はそこをスウィングしろというのである。しかし、なぜか?
ある日バルトークはフルートや小太鼓とかクラリネットに足が生えていて、それらがアララト山(聖書でノアの箱舟に乗る場所)を上っていく夢を見る。
その時に小太鼓が刻んでいたリズムが、いわゆるドイツのマーチではなくて、おぼつかない足取りでジャズのようにスウィングしていたのだそうだ。
この夢がアイデアとなって、2楽章は作曲された。
よって1944年にクーセヴィツキが初演した際は、小太鼓奏者はこのリズムをスウィングしながら演奏した。
これは録音が残っていてNAXOSから発売されているので、誰でも聴くことが出来る。
日本の大相撲で聞こえてくるリズムに似ているから、ハンガリーの民族音楽かと思っていたがそうではないそうだ。
今度、演奏する機会に指揮者に提案してみようと思う。
スウィングしないと、音楽に意味なんてない(笑)。
≪写真は初演の時に使われたラディック製小太鼓の写真(提供:マイク・クィン)≫
コンセルバトーリオの打楽器の先生に、マイク・クィンという先生がいる。
彼は5年前くらいまで現役でスカラ座で主席打楽器奏者として働いていて、
今は年金生活をしつつ、ルツェルンの音楽祭をはじめ、
色々なところでマスタークラスを開催している。
アメリカ人で、ヴィック・ファースの愛弟子だ。
彼はチューリッヒの歌劇場、バイエルンの歌劇場でも働いていたので、
ジャーマン、イタリアンのスタイルを完璧に網羅している。
そして、アメリカンドラマーのようなマーチングドラムの教本も、さらっと弾いてしまう。
この学校へはオーケストラスタディの授業のために来ているのだが、
彼はそういうことだけでは飽き足らず、まだ実際に演奏活動を続けている。
音楽が大好きなのだ。
今、僕は、ベリンツォーナのアマチュアの吹奏楽団にエキストラで参加しているのだが、
なんとマイク先生もこれに参加している。
かなり上手な吹奏楽団で、結構な大曲をやる。
今回はカレル・フサの『プラハのための音楽1968』である。
吹奏楽を演奏するのは久しぶりだが、
吹奏楽というのは、やるたびに楽器に触るのが楽しくて仕方なかった中学生時代が思いおこさせる。
「ショウ、これ新しいバチなんだけど使ってみて!」
「ここはマーチングの深胴スネアを使おう!ちょっと肩からかけてみて!」
マイクは完全に中学生時代の僕である。
休憩時間もあっという間に弁当を食べてしまって、ずっと大太鼓をチューニングしている。
終わったら、他人の楽器までチューニングしている。研究に余念がない。
僕はどちらかというと、
「コレ使ってみなよ!!」
と他人に図々しくバチを貸したがるタイプだが、
マイクは僕以上に図々しい。
色々な楽器を使う吹奏楽のリハにも関わらず、今日は自分のバチを一度も使えなかった。
(それだけマイクのバチがとても良かったのだけれども)
スネアも3台くらい家から持ってきていたし、シンバルも4枚くらい持っていた。
スタンドまで自前のもので、家ですでに楽器の吊るし方を考えてきてあった。
音楽にプロもアマもない、とはよく言うが、音楽はプロかアマかではなくて、
めちゃくちゃ愛しているか、そうでもないか、の2つなのかもしれない。
プロとは何かについて、それ以外のことを考えるのはもうやめてしまおうと思った。
大きく体調を崩した。
10月ごろからずっと咳が続いていて、ちょっと心配だったので病院へ行って薬をもらう。
大げさなことではなかったのだが、1週間くらい家で休養をとるように言われた。
それなのに昨日は試験で弾かなければならなくて、学校へ行ってほぼぶっつけ本番で30分弾き切った。
同じクラスの打楽器の安居さんは、ソリストコースのディプロマのために1時間の見事なプログラムを弾き切った。
彼女はコンサートの中で、僕らの師匠のバーナード・ヴルフ作曲の”Tatami”という作品を演奏したのだけれど、
ちょっとそれが面白かった。
Tatamiという曲は、ジョルジュ・バタイユの本の一節(バタイユだったと思う。記憶が定かではない。)
「食の文化というものは比較してみても世界中どこもさしたる違いが見つからなかった。食卓における”音”だけを除いては。」
に触発されて作曲された作品である。
で、何をするかというと、舞台でちょこっと料理をしたり、湯を沸かしたりする。
それだけの曲なのである。
薬を飲むとき、僕は必ず白湯で飲むことにしているので、
最近は、1日に10回くらい湯を沸かしている。
お湯を沸かす音を僕は完全に覚えてしまっていて、それとそっくりのサウンドが舞台から聞こえてきてびっくりした。
人の行動をよく見ていると(聞いていると)わかるのだが、
それぞれの人間には、それぞれの音楽がある。
試しにお茶を入れる時の自分の音を録音して、他人のそれと比べてみるといい。
パソコンを打つ音でも何いい。
いやこれがとても面白くて、何と表現すべきか、それらはリヒャルト・シュトラウスとシベリウスほどに違うのだ。
楽譜を演奏する、書かれている音を演奏するということは、
そういう個々の個性を出来る限り表に出さないようにすることかもしれない。
もちろん同じベートーヴェンの作品を違う二人が弾いたら個性の違いは出てくるけれど、
お茶を入れる時の音のほうが、ひとりひとりのリズムの感性の違いはわかりやすい。
田中泯さんというダンサーが、最近、色々なお芝居や映画に出てきている。
でも、彼は自分が役者であることを否定する。あくまで私はダンサーだと。
ならば、家で寝ていてもお湯を沸かしていても、僕はミュージシャンなのだ。
音だけを愛でていれば、芝居にも映画にも出られるのだろう。
そういえばかつて、イチローがドラマに出演したことがあったような。
昔料理の鉄人という番組があったが、あれも料理番組というより、サーカスとか演劇に近かった。
1月22日にコンセルバトリオとRSI(Radio Televiessione della Svizzera Italiana)のホールでCage Dayが開催された。
コンセルでは様々な部屋でケージのインタビューをスクリーンで映し出したり、学生たちが散発的に彼の作品を演奏した。
レコード数台のために書かれた作品なども上演された。
打楽器科はliving room musicとThird Constructionを演奏。
写真はliving room musicの演奏の様子である。
ぼーっと眺めていたCageのインタビューの中で
「おなじコカコーラのボトルでも、2本あったらそれはまったく違うものなのだ。」
という表現があった。
2本目に出会ったときに、1本目のコカコーラの瓶のことは忘れたいと語る彼を見ながら、
John Cageの目指したことが、”音楽に接する人を記憶喪失にさせること”であったと気づく。
「私たちは、あるものを美しくないと感じる時、よく見てみるとそれが非常に個人的な理由から来ていると気がつくはずです。」
打楽器奏者たちが、机や椅子でコンサートをしすぎてしまったせいで、
すでにありきたりの発想という感があるが、そもそも
『近所のおばさんが家の前を掃くほうきの音も、音楽として美しいじゃないか』
という考え方はCage以降のものである。
それまでは音楽は訓練され発表されるものでしかありえなかった。
果たして僕らが歴史上の音楽の価値をすっかり記憶喪失してしまって、ベルリンフィルの生の演奏よりも、近所のおばさんのほうきの音に感動する感性を持てる日が来るだろうか。
いや、そもそも、人はそういった感性を持っていて、音楽の愛好者というのは元々の人間の感性をわざと歪めているだけなのかもしれない。
聴き疲れてCDの電源を抜きながらそう思った。
これも、静寂という音楽に寄り添う瞬間である。
つまり人は音楽から逃れることができない。
観念的だけれど、静寂とか無音が音楽であるならば、人は生まれる前も死んだ後も確実に何らかの音楽を聴いていることになる。
(しかし、この点は何らかの数学的証明が可能であろう)
恐るべきことにそこにはハーモニーも存在して聴き取ることも可能である。
そういったアンサンブルの出来る日が来るまで、人はオーケストラや室内楽その他様々な形態を用いて音楽を演奏しなくてはならない。
というか、誰が何と言おうがどんな障壁があろうが、人々はその日まで、やかましくうつくしく『オーケストラ』を続けるであろう。
なぜなら、人間は静寂という音楽にも決して耐えることができないからである。
日本からすると南米や北欧にあたる。
作家の大江健三郎はいくつかの著作の中で南米や北欧への憧れを表明しているが、
こういう感情は決して彼特有のものではないだろう。
フィンランドの教育システムがメディアで取り上げられたり、
サンバやボサノバに根強い人気があるのは、
≪世界の果てにはきっと自分の知らない素晴らしいものがあるに違いない≫
という期待と無関係ではない。
実際にボサノバの歌姫JOYCEもライブの中で
「ひょっとすると日本ではブラジル以上にボサノバが愛されているかもしれない。」
と言っていた。
それで、この動画はヴィラ・ロボスのショーロス第10番なのだが、
昨晩Youtubeで見つけて一晩中ずっと聴いていた。
ショーロというのはブラジル音楽の一つの形式である。
『演歌』と一言でいっても様々あるようにショーロの形式は多岐にわたる。
なので、ショーロが何かというのは僕には説明しきれないのだが、
いくつかのブラジルのリズムに乗って即興的に自由に進んでいく音楽のことだろうと
自分では解釈している。
ショーロの中には、聴きに来たお客さんも一緒に歌うというスタイルもああって
ヴィラ・ロボスはその形式を合唱に当てはめている。
南米の国々も日本と同じようで、
他国の文化や重苦しい歴史を、自分流に取り込んで遊ぶのが上手い。
スティールドラムにしても、カポエラにしても、このショーロにしても、
そこから溢れるエネルギーは何とも凄まじい。
1月の22日にルガーノでCage Dayという音楽祭をやる。
Cageというのは、もちろんJohn Cageのことである。お客さんは大学のいたるところで演奏されるJohn Cage作品の中に閉じ込められる。それはまるで鳥かごのような空間である(というカッコイイ空間を演出できるほどこの企画が成功するかは甚だ疑わしい)。
さて、この企画の中で我々ルガーノ打楽器アンサンブルはThird Constructionという作品を演奏する。
打楽器奏者たちの間では、とても有名な作品だが案外この「第三の構造」が何のことを指しているのかは知られていない。
John Cageは打楽器のための作品群としてこのConstructionを、First~Fourth Constructionまで作曲している(4つ目だけはネーミングが異なる)。このConstruction(=構造)とは、数字によってリズムを区分けする方法のことであり、決して難しい概念ではない。
例えば、First Constructionはひとつのユニットが16小節で構成されていて、それが4ユニット→ 3ユニット→ 2→ 3→ 4の16ユニット、計256小節で構成されている。 それぞれのユニットも全く同じように分割されていて、4小節→3小節→2→3→4というようになっている。
音楽がマトリョーシカのようになっているのである。
曲中のモチーフ(とは言っても打楽器の作品なので、モチーフとは『リズムのパターン』のことだ)もおよそ16種類であり、それは曲全体を4,3,2,3,4と分割する過程で、自然に生まれたものである。
Third Constructionも手法としてはこれと同じように作られている。
つまり小学生でも曲が書けてしまう方法で作曲されているのだが、ここで不思議なのは、どういうわけか出来上がった音楽が完全に『アフリカの音楽』にしか聞こえないことである。
しかし、John Cageは決してサバンナを駆け巡る情景を音楽で描こうとしたわけではない。彼は、ただ音符を数字の決まりどおりに羅列しただけなのである(・・・彼が嘘つきでなければね)。
「どうしてこういうことが起こるのですか?」
と聞いたらケージ先生は
「そりゃあ、アフリカの楽器を使ってるからじゃないの??」
と簡潔に答えるに決まっている。
うむ。確かにアフリカの楽器を使っている。が、ドイツの軍楽隊のリズムをアフリカの打楽器で演奏したって、サバンナを駆け巡るような音楽にはならないし、逆にThird Constructionを和太鼓で演奏したとしても、全然面白くないだろう。ここにJohn Cageが天才であるヒントが隠れている。
彼には、あるリズムを一目見ただけでそのツボにピッタリはまる楽器を選ぶ能力があるのだ。この曲が面白い理由は曲の『構造』ではなくて、楽器の選択の巧妙さにある。
John Cageの作品こそは、こうやって机の上で勉強したところでどうにもならない。4,3,2,3,4の並びが解っても、曲をどう歌いこむか、という問題のヒントを得られないからである。それよりも、実際アフリカに行って先住民族とジャンベで遊んで感性を磨いたり、ファイヤーダンスが出来る人間こそが音楽の中で生き生きしてくる。だから僕はJohn Cageが大好きだ。
Cageは音楽史上では、結構、変人扱いされているが、彼がひっそりと考えていたことは、ごく健康的な人間の未来だったに違いない。